2016年7月11日月曜日

夏の野球が始まった

高校生でごった返す関内駅のホームを見て、僕は思わず苦笑いを浮かべてしまった。平日はビジネスマンが集い、休日はその反動で閑散としているのが普段の姿なのに。それが普段と異なる装いなのは、「夏の野球」が再びこの地に舞い降りた事を意味している。

今日は高校野球神奈川県予選の開幕日。開会式が終わり、14時15分から開幕戦はスタートする。役割を終え、家路に向かう選手たちとすれ違いながら、僕は三塁側の内野スタンドに辿り着いた。




中央農業高校対川崎商業高校。開幕戦とはいえ、対戦カード自体は名も知らぬ高校同士である。中央農業のベンチ入り人数は10名だった。応援席を見てみると、生徒だけでなくOB・OGと思しき人も入り混じってサポートしている。肩を持つならこっちの方が面白そうだな。

とはいえ、最初に試合の流れを掴んだのは川崎商業だった。バントで着実にランナーを得点圏に進め、主力打者で仕留める。3回裏までに4点のリードを奪う。
しかし、中央農業も諦めていない。5回表に3連打で一気に5点のビッグイニング。小集団の思わぬ健闘に、スタジアムのボルテージも徐々に上がっていった。「ひょっとすると」があるかもしれない、と。

野球の巧さで言えば、川崎商のほうが洗練されている印象はあった。しかし、中央農はよくまとまり、一つひとつのプレーを集中してこなしていた。30度を越える気温の中、見事な奮闘ぶりだった。

転機は5-4で迎えた7回裏だった。川崎商は先頭打者の大野が出塁すると、バントを上手く活用しチャンスをつくる。中央農は敬遠気味のフォアボールで塁を埋め、ワンアウト満塁。大ピンチに、唯一試合に出ていない背番号10がマウンドに向かって走っていった。

ビジョンに映る時計に目をやった。時刻はそろそろ4時に近づいていた。そういえば、日差しの勢いは段々弱まっている。浜風も感じられるようになった。1時間前と比較するならば、確実に過ごしやすい。

そんな状況だったのだが、不思議と中央農の選手たちは粘れなかった。あっさりセンター前ヒットを浴び同点。いや、まだまだここからが勝負だ。落ち着いてプレーができれば…
続く川崎商の1番バッターの阿部は、スクイズを選択した。このチームはバントが上手い選手が揃っている。しっかりと決めてきた。

転々と3塁側を転がる白いボール。ダイヤモンドに目をやった瞬間、思わず声を上げてしまった。ピッチャーと、サードと、ショート。3人が一目散にボールを追いかける。誰が取るのか? その判断が一瞬遅れた。ここまで我慢していた守備が、一気に綻びた瞬間だった。
そして、記録上は内野安打になった。

7回裏に一挙5点を奪われた中央農業は、その後得点を奪えず5-9で敗れた。
勝った側も負けた側も、何らかの輝きを残していったグッドゲームである。そして、勝敗を分けたプレーが何とも「夏らしい」ものだったところにも、観客である僕は納得できた。

間違いなく、「夏の野球」を楽しめる季節になったのだ。
そこにはほんの少し、美化されがちだけど、残酷な要素も紛れ込んではいるのだが


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