2015年8月19日水曜日

【スポーツエッセイ】Radio in summer days

今年の夏、特に8月は例年よりも多く休みを得ることができた。8月も慌ただしい職場なので、これまでは連続休暇を7月にとる事が多かった。もちろん、8月にも休日はあるが、それは一般的な土曜日や日曜日と似たような雰囲気だった。
やっぱり「夏休み」は8月だな。のんびりと休みを消化しているうちに、心には余裕が生まれていた。

そしてある夏の日。「何もない休日」が僕に発生した。目的も、予定も、さらには何かをしたい! という欲求も無い1日。
何も無いとは言え、部屋でずっと寝ているのも癪にさわる。仕方なく部屋の掃除をしたり、本棚の整理をしたり……。本棚の整理をし終えたら、いらない本をブックオフに持って行こう。無理矢理予定を組み立てる。

本棚を少しすっきりさせているうちに、読み直したい本がいくつか出てきた。折角暇なのだから。ベッドに横になり、久々にページを開こうとした。
次の瞬間だった。キーン! という金属音が聞こえてきた。びっくりして振り返る。音の出所は兵庫県西宮市にある阪神甲子園球場……の様子をひたすら流し続けている、一台のラジオからだった。

僕の部屋には携帯ラジオが置いてある。中学2年生の時に貰ったので、かれこれ10年以上共に過ごしていることになる。聞けるのはAM放送のみだ。
これでラジオの英語講座を聞きなさい、という旨でプレゼントされたのだと思う。でも、僕にとってラジオの用途は2つに限られていた。ひとつはオールナイトニッポンを聞くこと。未だに当時のパーソナリティはそらで言える。月曜日から順に、ロンドンブーツ1号・2号、T.M.Revolutionの西川貴教、ポルノグラフティ(※3人だった頃)、中澤裕子、ネプチューン、そして土曜日は福山雅治。高校時代まで彼/彼女らのトークは欠かさず聞いていた。
そしてもう一つは、スポーツ中継を聞くことだ。実家に僕の部屋が与えられてから今に至るまで、ここにはテレビが無いのだ。ノートパソコンを設置するまでは、自室でスポーツの情報を得る手段はラジオのみだった。

特に夏は、ラジオが大活躍するシーズンになる。
10代の頃の夏休み。少し寝坊した僕はヨーグルトだけの朝食を摂取し、部屋に引きこもる。ベッドに置きっぱなしの本を広げる……その前にラジオをつける。チャンネルはNHK第1。英語講座ではない。甲子園を聞くためだ。
球場は暑いんだろうな、と思いつつクーラーの効いた部屋で、ブラスバンドの音色と乾いた金属音をBGMにしてひたすら本を読み進める。本を読み終えて、次は部屋の掃除を始める。掃除も終わったので、仕方なく宿題を進める。そんな僕の行動には何ら影響を与えないまま、甲子園の野球中継は続けられていた。

夏になると、僕はこんなルーチンワークを無意識に繰り返し続けていた。

作業をしながらだったが故に、あれだけ聞いていた割にはどんな試合を聞いていたのかは全く思い出せない。印象に残る選手やプレーも特に無い。
でも、ラジオの電源を入れても甲子園の歓声が聞こえなくなった瞬間、僕は夏休みの終わりを急激に意識せざるを得なかった。その気持ちだけはずっと頭に植え付けられている。ラジオ中継はあの当時、夏の始まりと終わりを告げるトリガーの役割を担っていたのかもしれない。


本を開くのを止め、ぼんやりと天井を眺める。
聞いているうちに、どういう訳か今年の甲子園は面白いと感じるようになった。独特の投球フォームで打者を翻弄するエースがいた。自慢の快速を飛ばして白球に食らいつく外野手がいた。1年生で主砲の肩書を担うバッターは、打球をいとも簡単に外野席へと飛ばしていた。

ラジオから球音や歓声が聞こえなくなった時、夏が終わってしまう。何だかそれは嫌だな……。
僕の意識が大人から少年に戻るのと引き換えに、いつの間にか体の中から失われていた季節に対する感覚が芽生えてきた。この感覚は来年の夏も、思い出す事ができるのだろうか。

そんな思いとは何ら関係なく、僕のラジオは延々と、白熱する試合展開を伝え続けている


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